岡部遼太郎(画家)は「空想の風景を描き、画家の仲間を増やす人」~「私の推し名鑑」が徹底紹介

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※この記事は「私の推し名鑑!おすすめのアイドル発掘探検隊」の編集部へ寄せられた紹介記事

「推し」は、ステージの上だけにいるとは限らない――。

皆さんは、ひとつのことに何年も打ち込み、何度つまずいても描き続け、その経験を惜しみなく人に分け与える存在に、心を動かされたことはありませんか?

今回ご紹介するのは、アイドルではなく、ひとりの画家です。

東京藝大に6回挑み、空想の風景を描き続け、今は絵を描く仲間を増やすことに全力を注いでいる人。岡部遼太郎です。

編集部独自の視点とともに、その魅力をたっぷりご紹介します。

プロフィール~アクリル絵の具で空想の風景を描く画家

岡部遼太郎は、1991年3月、千葉県生まれ。

多摩美術大学 油画専攻を卒業した画家で、アクリル絵の具で空想の風景を描いています。

個展は伊勢丹新宿本店や阪神梅田本店、都内の画廊などで開催。アートフェアは松屋銀座やシンガポールにも参加し、アールデビュタントURAWAにも入選しています。

株式会社ナレッジアーツの代表として、大人のためのオンライン絵画教室「Next Art College」も運営しています。

推しの原点~学校に行けなかった日々に見つめていた絵

岡部遼太郎と絵の物語は、実は中学時代にさかのぼります。

小学校のころから絵が好きで、絵の賞をもらったこともあった少年は、中学で自律神経失調症になり、不登校気味に。その時期に絵やイラストを見ていて、絵への関心がどんどん強くなっていったそうです。

本格的に描き始めたのは高校生のとき。最初に選んだのは、今も制作の中心にあるアクリル絵の具でした。

つらい時期にそばにあった絵を、一生の仕事にしてしまう。このエピソードだけで、編集部はもう推さずにはいられません!

6回の挑戦~「早く受かりすぎるのが怖かった」

岡部遼太郎の物語は、長い挑戦から始まります。

高校2年で「絵で生きていく」と決め、デッサンを一枚も描いたことがないまま美術予備校へ。現役を含めて6回、東京藝大を受験し、5浪目で多摩美術大学に合格しました。

驚くのは、その理由です。

「大学に受かることよりも、長い目で見て絵を描くのに必要な力を養いたかった。早く受かりすぎて、上達できる環境がなくなるのが怖かった」

目の前の合格ではなく、10年先の自分を見ていた。その姿勢に、編集部は一気に引き込まれました。

ストイックすぎる浪人生活!朝5時のコンビニから夜まで絵を描く毎日

4浪目からは、講習の時期以外は朝5時に起きてコンビニでアルバイトをし、昼に帰って夜まで絵を描く毎日。上手く描けない時期も、課題とは別に家で描いた絵を持っていき、先生に見てもらっていたといいます。

浪人を含めて7年間、同じ新宿美術学院に通い続けた岡部遼太郎。5浪目で初めて多摩美術大学と東京造形大学にも出願し、両方に合格しました。

本人いわく、浪人の時期は「人生で最も重要な時期」。目標と目的をはっきり決めて、何をすべきかを考えて動ける力は、ここで身についたそうです。

仲間と描いた壁画~「できない仕事」が「できる仕事」に

学生時代、仲間と始めたチーム「TAMAKOBO」で、岡部遼太郎は壁画の仕事に挑みます。

浦和美園の動物病院のプール室に、仲間3人で描いた、草原で自由に遊ぶ犬や猫の絵。壁画の経験者は誰もおらず、途中で最初から描き直したり、現場に徹夜で泊まり込んだりしながら、ついに完成させました。

「仲間がいると、できない仕事ができる仕事に変わる」

この壁画は、2017年2月5日の埼玉新聞「話題スポット」で紹介されています。

絵は暮らしの中に~シンガポールで見た光景

2016年、岡部遼太郎はシンガポールのアートフェアに参加し、海外の方に大きめの作品を販売しました。

現地で目にしたのは、駅に並ぶ大きなアート作品と、街のカフェでお客さんが皆で絵を描き、持ち帰って家に飾る光景。

「日本では見ない光景に驚きました」

絵が、特別なものではなく、暮らしの中にある。その景色は、今の岡部遼太郎の活動にもつながっているように思えます。

1枚に半年!? 油絵からアクリルへのスピード革命

描き始めたころは油絵の具が多かった岡部遼太郎。でも油絵の具は乾くのに1〜2日かかり、何層も重ねる描き方では、1枚に半年もかかってしまっていたそうです。

そこで選んだのが、速く乾いて、塗り重ねができて、保存性も高いアクリル絵の具。描くスピードが格段に上がり、その分の時間を描き込みと調整に使えるようになりました。

空想の風景に重ねられた、たくさんの描き込み。その裏には、画材まで自分で選び抜いた工夫があったんです!

描く人から、届ける人へ

卒業後は、アルバイトをしながら描き続けた岡部遼太郎。

ブログで、読む人の役に立つ情報を書き続け、アクセスは多い月で月間19万に。ブログとSNSで、1週間に原画と版画を合わせて12枚を販売したこともあります。

「個人がウェブで発信して絵を売れると証明できた。この方法なら、他の方の役に立てる」

自分が売れたところで終わらず、その方法を仲間に届ける道を選びました。

推しポイント!自分から動いて、絵の価値を安売りしない

卒業後、「5浪して描いてきた努力が仕事につながらなければ意味がない」と考えた岡部遼太郎は、展覧会を回り、銀座で展示して絵の収入で生活している画家を見つけると、すぐに連絡! 絵を直接見てもらった縁で、画廊の企画に入れてもらいました。

絵の値段についての考えも、推せるポイントです。

「以前、コンビニのアルバイトの時給は1,000円ほどでした。24時間かけて描いた絵がアルバイト代以下の値段になるのはおかしい」

世界に1点しかない作品の価値を、低く見積もらない。作品に誇りを持つその姿勢に、編集部は大きな拍手を送りたい!

推しが率いる教室!Next Art Collegeと頼れる講師陣

岡部遼太郎が代表を務める株式会社ナレッジアーツの「Next Art College」では、分野ごとに専門の講師が授業を担当しています。パステル画は国枝さん、テンペラ画は服部さん、CG制作(Unreal Engine)とモチーフ描写はKAZUAKIさん、技法マスター講座と画廊展示は黒沼さん、デジタルイラストと絵画教室の運営は平郡さん。

受講生と一緒に開く展覧会は、東京・池袋やグランドニッコー東京 台場などが会場で、出品者から展示料をいただかない企画展。1回の展覧会で受講生の作品を100万円以上販売したこともあるそうです。これは個人の実績で、成果を保証するものではありません。

仲間を100人に~これからの夢

岡部遼太郎の夢は、自分で仕事をこなせる絵描きを100人くらい集めて、お互いに紹介し合い、個展を宣伝し合える環境を作ること。

教える相手は、ライバルではなく協力者。

2026年冬には、所沢で子供アート教室「enico」も始まります。大人の教室で、「子どもの頃に上手い・下手で評価されて描くのをやめてしまった」人を多く見てきたからこそ、正解のない時間を子どもたちに残したいという思いが込められています。

私が感じた岡部遼太郎の魅力

私個人としては、岡部遼太郎の一番の魅力は、「遠回りを隠さないこと」だと思います。

1浪目に生活リズムが崩れたこと。最初に作品が売れるまで10年かかったこと。そうした話を、飾らずに語る。

だからこそ、「稼げないうちに今の仕事を辞めるのはおすすめしません」という言葉にも、嘘がないと感じられるのです。

まとめ

  • 東京藝大に6回挑み、多摩美術大学を卒業した画家
  • アクリル絵の具で空想の風景を描き、伊勢丹新宿本店などで個展
  • 学生時代から仲間と壁画を手がけ、新聞にも掲載
  • ブログとSNSで絵を届ける方法を身につけ、その方法を教室で教えている
  • 油絵の具からアクリル絵の具に移り、描くスピードを大きく上げた
  • 専門の講師陣と一緒に、受講生の展覧会も開いている
  • 夢は、絵描きの仲間を100人に増やすこと
  • 2026年冬、所沢で子供アート教室「enico」を開校予定

岡部遼太郎の活動は、これからも目が離せません。描き続けること、仲間を増やすこと、そのどちらにも全力な姿を、今後も応援していきたいと思います。

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※この記事は「私の推し名鑑!おすすめのアイドル発掘探検隊」の編集部へ寄せられた紹介記事

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